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伯耆の國の御伽草子

お気楽気ままな高齢者のグダグダ噺

回道 歩夢君のこと

 おはようございます。

 

 昨日、仕事に行って気が付いたのでありますが、もう上期が終わったのですね。現役バリバリの時には、上期の売り上げがどうのこうの、下期の目標はどうのこうのと、四半期ごとに神経をとがらせていたものですが、最近は毎日がだらだらと過ぎており、そのような感覚が無くなってきました。

 

 さて、ここ何日間かに渡りまして、私が東京で暮らしたことと、今の仕事に就いたことを、思い出しながら書いてまいりましたが、せっかく四十年前の私のことを思い出しましたので、これを何とか小説らしいものに書けないものかと考えております。

 

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 小説と申しましても、そこから何かを訴えたいとかという大げさな物ではなく、なんちゃって小説を書いてみたいと考えているのでございます。

 

 私が私のことを書くのですが、私が四十年前のことを思い出すというお話ではなく、四十年前の今として書いてみたいなと考えておりますが、なんせ四十年前のことでありまして、私の記憶も正確ではありませんし、また四十年後に私の生活を書いてやろうなんて、当時考えて生活していたわけでもありません。

 

 もし考えておりましたら、写真をたくさん撮っておいたと思いますが、今のように携帯で簡単に写真が撮れる時代ではございませんでしたので……(言い訳でございます)

 

 ですから、どれくらい当時のことが描けるのかは、少々と申しますか、大大不安があるのであります。

 

 それに出来るだけ私の懐かしい思い出話ではなく、当時の私を、私が客観的に見たお話が書けたらいいなと思うのであります。

 

 そうなってくると、私で書きます一人称ではなく、私のことを彼とか、名前で呼ぶ三人称で書いたらと考えております。

 

 うん、そういうことにしましょう。

 

 そうなりますと、まずは四十年前の私を作りたいのでありますが、まずは名前を決めてあげたいと思います。

 

 私の名前、神村 肇埜をそのまま使うのは、あまりにも芸がありませんので、何かいい名前を付けてあげたいと思います。

 

 最近のテレビドラマなどを観ておりますと、結構ユニークな名前の登場人物が多いので、私も例にもれず、そのようなユニークな名前を考えてみたいと、密かに考えているのでございます。

 

 本当は私の憧れ、あの名曲『神田川』とあの名作『前略、おふくろ様』の主人公の片島三郎から頂いて、名前を『神田川三郎』としようかと思ったのですが、なんだが演歌歌手のような感じだし、カッコよすぎるので却下いたしました。

 

 また、私はいつも失敗ばかりして、転んでばかりの人生でしたので『下坂 蘚流』(くだりざかこける)にしようかなんて思いましたが、“蘚”の字がカッコいいので、この名前も却下といたします。

 

 やっぱり、私の今までの人生を表すような名前が無いものかと考えましたが、先ほども申しましたように、私の人生は失敗の連続の回り道でしたので、苗字は『回道』(まわりみち)にしようかと考えたのであります。

 

 さて、そうなると私はその回り道を全速力で駆け抜けてきたわけではなく、ゆっくりと歩いてまいりましたので、名前は『歩』(あゆむ)がよろしいのではないか、いや私にも『神田川』や『南こうせつかぐや姫』のようになりたいという夢もありましたので、歩の一文字ではなく、夢を追って歩いた『歩夢』と書いて(あゆむ)と読ませたらどうかと思っているのでございます。

 

という訳で、私のなんちゃって小説の主人公は『回道歩夢』(まわりみちあゆむ)君に決定したいと思うのでありますが、

 

賛成の方は挙手をお願いいたします。

 

はい、賛成多数で、『回道歩夢』君に決定といたします。

 

 それでは次に内容は後回しにして、なんちゃって小説のタイトルを考えたいと思いますが、タイトルはまた明日の課題とさせて頂きたいと思います。