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伯耆の國の御伽草子

お気楽気ままな高齢者のグダグダ噺

東京というところ-6(遠い記憶の中に)

 おはようございます。

 さて、今日は月曜日、多くの皆様がそうであるように、私も今日からまた仕事でございます。

 

 月曜日って、本当につらいですよね。

 

 だって、今日からまた、行きたくない会社に行かないといけないし、やりたくない仕事をやらないといけないのですから。つらいに決まっています。

 仕事をはじめてから、もう何度もこの月曜日を過ごしてきているのですが、本当につらいです。できれば定年で辞めるまでに、すがすがしい月曜日を体験してみたいものです。

 

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 さて、自分がフォークソングかハードロック(神村少年がロックにであった頃は、まだヘビーメタルという言葉はありませんてした)の申し子と勘違いをして、母親か東京行の許しを取った私は、さっそく専門学校の入学に必要な資料を手に入れ、簡単な、本当に簡単な(名前が漢字で書けたら合格といった)入学の試験、それも送られて来た答案用紙に自宅で書き込むといった、簡単な入学のテストを受けて、即合格となって、専門学校に入学出来たのでありました。

 

 専門学校への入学が決まった三月のある日、私と母は、下宿探しに、東京に出かけたのでありました。

 

 岡山行の特急列車で岡山へ出て、そこから新幹線で東京へ、神村少年にとって、憧れの東京生活の準備が始まったのでした。

 

 この時、神村少年は東京とは不思議なところだと思ったのでした。

と申しますのは、神村少年は東京へ行きたい、行きたいと願望していたのでありますが、いざ東京へ着くと、正確には東京駅に着くと、そこには東京駅はあるのですが、東京という地名は無いのです。

つまり、東京都東京区東京町何丁目といった地名は無く、新宿であったり、渋谷であったりするのです。

 

 ですから神村少年にとっては、どこに行ったのあたしの東京?となるのです。

 

 おそらく東京より西に住んでいる方の中には、そう感じられた方も何人かおられるのでは、おひとりくらいはおられるのでは無いでしょうか?

 東京より東、または北の方に住んでおられる方の中には、東京へ行くと言いながら、上野駅に着いたと不思議に感じられた方も、おひとりくらいはおられるのでないでしょうか?

 

 

そう感じられた方は手を上げてください。

 

あれ?いませんか、いいですか……

 

 いけない、いけない、また話が横道、裏道、迷路の中に入りそうでした。

 

 気が付いたところで、話を戻しましょう。神村少年が東京へ初めて行ったのは、昭和四十年の終わりの頃で、今では東京都庁があるところもまだ開発が始まった頃で、高層ビルも三つくらいしかない頃でした。

 

 母親と東京に着いた神村少年はさっそく下宿探しを始めたのでありますが、

神村少年の下宿探しの要件は、三畳一間、裸電球、窓の下には神田川、この三つの要件しか無く、それ以外はなんでもいいのでありました。もちろんそんなことは、口にはしませんでしたが……。

 

 

 神村少年が入学を決めた専門学校は、渋谷と代々木の間にありましたので、母親としては出来るだけ学校に近いところと思っていたとは思うのですが、そこには神田川は流れておらず、神村少年の選択肢の中からは消えたのであります。

 しかし神村少年は神田川がどこに流れているのかも知りませんでした。

 

 そんな神村少年と母は、結局、下宿代の安いところという要件で考えが一致し、とにかく安い下宿屋を探すことにしたのであります。

 

 そして神村少年と、母の下宿探しの一日が始まったのでありました。