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伯耆の國の御伽草子

お気楽気ままな高齢者のグダグダ噺

東京というところ-2(遠い記憶の中に)

 おはようございます。

 

 今朝も眠い目をこすりながら、パソコンのスイッチ

 

 オン!

 

 という訳で、小学校から抱いていた、調理人になるという夢は、魚が嫌いという理由であっさりとあきらめたのでありました。

 

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 調理人になることをあきらめたのではありますが、母子家庭で育った私は、我が家に私を大学に進学さることが出来るような経済的な余裕など無いことはわかっていましたし、どちらにしても、高校を卒業したら就職しようと考えていたのであります。

 しかし調理人をあきらめたまでは良かったのですが、では次に何かになりたいという希望も考えもありませんでしたので、途端に途方に暮れてしまう神村少年なのでした。

 世の中というものは、結構甘いもので、途方に暮れた神村少年に暖かい手を差し伸べてくれた親戚がありまして、その親戚が言うとおりに高校三年の秋に私はある大きな会社の就職試験を受けたのであります。

 親戚のコネで就職をしようと考えていた私でありましたが、世の中はそんなに甘いものではなく、私は親戚の勧めてくれた会社の就職試験に甘い考えで臨んで、なんてことは無く失敗してしまったのであります。

 就職試験に失敗はしましたが、私は、俺に任せておけと豪語していた親戚を恨むでもなく、まあ、私の人生こんなもんだなといたってのんきに暮らしておりました。

 就職試験に失敗し、また進学など到底できない現実に、神村少年はのんきに向かい合っていたのでありますが、私の親は、これでは息子の人生が終わってしまう、何とかしなければと、高畑何とかのお母さんのような感じで、息子の起死回生を図ったのでありました。

 年も明けて、三月の卒業式が近づいてきましても、神村少年の将来は見えてきてはおりませんでした。

 のんきに暮らす神村少年でしたが、実はそんな神村少年の頭の中には実は一つの計画が生まれてきていたのであります。それは東京で暮らしたい。といったいたって単純な願望でありました。

 その頃の神村少年は、当時の多くの若者がそうであったように、フォークソングというものにのめり込んでおりました。ここで私の音楽談議になるかとうは思いますが、私の世代はビートルズが来日したころはまだ小学生の低学年でありまして、その後に訪れましたグループサウンズの時代も、まだ小学生だった私は、キャーキャーと騒ぐ女の子たちを、こいつらバカじゃねぇのと見ていたのであります。

 そのうえ、小学校の頃から、音楽が苦手で、歌のテストではいつも笑われていた私はいつしか音楽大嫌い少年になっていたのであります。

 

 だって考えてみてください。

 

 歌の上手下手は、きっと持って生まれたものがあると思うんです。なりたくて音痴で生まれてきたわけじゃないんです。なのに歌が上手い下手で優劣をつけるなんてひどいと思いませんか?

 私なんか、中学一年の音楽の時間に先生から、君は音程不感症だとみんなの前で言われたんですよ。

 

 音程不感症って何か大変な病気か何かのように聞こえませんか?

 

 音程不感症、つまり音痴、君は歌が下手、点が付けられない。こんなことを言われたら、誰だって音楽が嫌いになりますよね。私はいまだにこの一言のショックから立ち直ることが出来ません。

 

 そんなわけで、私は魚嫌いで、音楽大嫌いな神村少年に育っていったのでありました。

 

 そんな私が、突然、本当に突然に、音楽大好き少年になるのであります。世の中が1970年の時代に入り、私が中学の三年の頃のことです。友人から貸してもらったカセットテープ(当時は、CDなどは無く、全てレコードの時代で、しかしレコードは高価な物で、レコードを買うことが出来ない者は、カセットテープに録音してもらっていました)に録音されていたのは、『南こうせつかぐや姫』の『神田川』という曲でした。

 私はその曲を聞いて、その詩の世界、またフォークソングの世界に引きずり込まれていったのであります。

 そして、友人からギターなるものの弾き方を教わると、音楽大嫌いだった神村少年は、なんとフォークソングの世界にのめり込んでいったのでありました。

 

 

神田川

 

貴方はもう忘れたかしら

赤い手ぬぐいマフラーにして

二人で行った横町の風呂屋

一緒に出ようねって言ったのに

いつも私が待たされた

洗い髪が芯まで冷えて

小さな石鹸カタカタ鳴った

あなたは私の身体を抱いて

冷たいねって言ったのよ

若かったあのころ、何も怖くはなかった

ただ貴方のやさしさが怖かった

 

貴方はもう捨てたのかしら

二十四色のクレパス買って

貴方が描いた私の似顔絵

巧く描いてねって言ったのに

いつもちっとも似てないの

窓の下には神田川

三畳一間の小さな下宿

貴方は私の指先見つめ

悲しいかいって きいたのよ

若かったあのころ、何も怖くはなかった

ただ貴方のやさしさが怖かった

 

この”神田川”で神村少年の青春が始まったのであります。