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伯耆の國の御伽草子

お気楽気ままな高齢者のグダグダ噺

神村 肇埜の朝活事始め(関ケ原)

 おはようございます。

 

 ただ今、午前三時半、今朝も頑張って起きました。

 

 昨日三日目を終えて、ここでやめたら三日坊主、今日が天下分け目の関ケ原と思って起きだしたのでありますが、関ケ原であろうと、桶狭間であろうと、やっぱり朝は眠い。

 

 しかし、台風が近づいているからでしょうか、静かな朝です。関ケ原の合戦の朝も静かだったのでしょうか?

 

 関ケ原の合戦というと、今からおよそ四百年前のことなのですが、東軍、西軍合わせて何万という兵士が関ケ原に集まって戦ったというのですからすごいですね。

 

 しかし、関ケ原の合戦のこととなりますと、まあ一般的には、徳川家康さんや、石田三成さんがお話の中心になって描かれることが多いのですが、先ほども言いましたように、東軍、西軍合わせて何万という人間が関ケ原に集まったのでありますから、本当ならば、その人間ひとり、一人の物語があるはずですよね。

 

 関ケ原の合戦には確かに、名のある武将がいたとは思うのですが、しかし実際には名前さえも分からないような雑兵の方が圧倒的にたくさんいたと思うんです。

 そして、その名前も無い雑兵もそれぞれに関ケ原の合戦に参加していたのではないでしょうか。しかしその名も無い雑兵のことはどこにも記録が残っていないのですよね。そう何万もの記録に残らない物語があったと思うのです。

 

 

「おい、いよいよ合戦がはじまるな」

「ああ、武者震いっていうのか、おらあ、さっきから震えがとまらねぇ」

慶長五年九月十五日の朝、天下分け目の合戦となる戦に八と徳は西軍の武将の雑兵として、合戦の真っただ中にいた。

 近江の国は甲賀の郷、一山超えれば隣国という貧しい村の八と徳は、合戦に出ればいくらかの褒美がもらえると聞いて、西軍の雑兵となったのであった。

 

「なあ、徳よ、この合戦、どっちが勝つかな?」

「そんなこと、わしに聞かれてもわかるわけねえだろうが、第一、わしらは、わしらの殿様が誰かもわからん。相手の殿様も誰か知らん。ただ、総大将は石田様と徳川様だとは聞いておるが、どっちが勝たれてもおらたちには関係ねえ」

「そうだよな。第一何のための合戦なんじゃ?」

「そんなこと知らん。まあとにかくこうして、わあわあ言って、槍を振り回しておればいくらかにはなる。褒美を貰えば白い飯が食える」

「しかし、鉄砲の弾に当たると死ぬぞ、鉄砲の当たったら痛てえかな?」

「あたりまえだ。きっと死ぬくらい痛てえに決まってる」

「ああ、やだやだ、わし、まだ死にたくねえぞ」

「おらだって死にたくはねえ」

「なあ、徳よ、こんな合戦止めちまって、里に帰らねぇか」

「何言ってんだ。褒美はどうするんだ」

「わずかばかりの褒美のために、わしは死にたくはねえ」

「しかし、ここから逃げ出したのを見つかったら、その場で殺されるぞ」

「わしにいい考えがある。合戦が始まったら、わあわあいいながら、それとなくうしろに下がろうや。いい加減下がったら、あとはとんずらだ」

「うまくいくかな」

「どうせ合戦に出ても死ぬんだ。一か八かやってみようや」

 

 やがて遠くで合戦が始まったらしく、二人がいる隊列もじわじわと動き始めた。

 

 二人はわあわあ声だけは出してはいたが、ゆっくり前に押し出していく隊列とは逆に後ろへ、後ろへと下がって行った。やがて二人は隊の一番後ろに下がると、

「おい、徳、いまだ走れ」

八の掛け声とともに二人は一目散に後ろの山に向かって駆け出した。

 どれくらい二人は走ったろうか、途中で背中の旗印も、武具も刀も捨てて山の中に逃げ込んだ。

 

「八よ、ここまで来ればもう大丈夫じゃねぇか?一休みしようや」

「ああ、そうするか」

二人は山の途中で腰を降ろすと、逃げて来た方を振り返った。遠くでたくさんの兵がもみ合っているのが見えた。いま関ケ原は西軍が有利に合戦を進めていた。

「なあ、なんだか石田様の方が勝っておられるようにみえるのう」

「ああ、わしは合戦のことは、ようわからんが、ここからあの真ん中あたりに押し出したら、なんとのう石田様の軍勢に勝てるような気がするな」

 

「おぬしら、かようなところで何をしておる」

急に後ろから大きな声がした。

「さては、おぬしら、合戦に怖気づいて、逃げ出してきたな」

 

「ひぇえ、どうかご勘弁を、わたしら、なんにも悪いことはしておりません」

「嘘をもうせ、おぬしらどこのもんじゃ」

「わたしら、どこのもんでもございません。けっしてあやしいもんではございません。ところでお侍様はどちらの……?」

「わしか、わしは小早川様の家臣で大間抜三太夫と申すものじゃ」

「小早川様?石田様の方でございますか?」

「いかにも。ところでおぬしらはここで何をしておる?」

「へえ、実はわたしらは、石田様の御本陣の後ろにいたのでございますが、石田様の軍議の声が、たまたま耳に入りまして……」

「なに、まことか、で、その内容は」

「へぇ、石田様は、小早川は信用ならん。この戦のどさくさに紛れて、首を取ってしまえと」

「なに、まことか、その話まことか。おぬしらここを動くで無いぞ。それからその話は他の者にはしてはならんぞ」

そういうと大間抜三太夫は主人の陣に戻って行った。

それから半刻もせぬうちに、小早川秀秋の軍勢は、松尾山を駆け下り、石田三成率いる西軍に襲いかかったのであった。そして西軍有利に進んでいた合戦は、東軍有利となり、天下分け目の関ケ原の合戦は一日にして決着がついたのであった。

 

 などという、雑兵のお話があってもいいのではないかと思うのでした。

 

今朝はこの辺で……