伯耆の國の御伽草子

お気楽気ままな高齢者のグダグダ噺

ぼくも見たよ

 久しぶりじゃないか、何だい……?

 

どうした、今日はなんの用だい?

 

何、夏だから怖い話が聞きたい。怖い話かぁ……?

 

そんな話は無いなぁ……。

 

 こう言っちゃあなんだけどね、おいらは幽霊とかお化けとかって、いるとは思っちゃあいないんだよね。

もちろん神様だって信じちゃあいないよ。だいたい、神様がいるんだったら、おいらの暮らしはもっと良くして欲しいやね。

 

まあ、神様を信じていないおいらなんか、神様の方から見放されているのかも知れないけどね。

 

 そうだなぁ……そうあれはいつだったかな?

 

かなり前のことなんだけどね、そう、あれは、まだ上の息子が幼稚園に通っていた頃だったよな。

 

そうそうこの家に引っ越してきた夏のことだったよ。

 

 最初に断っておくけどね、別に怖い話ってわけじゃぁ無いんだけど、ちょっと変な話なんだよ、これが。

 

 おいら……

 

不思議な経験をしたことがあるんだよ。

 

 

 この話はカミさんにも話したことがあるんだけど、そりゃあんた夢を見たんだよって言われちまってね、そりゃそう言われたら、確かに夢だったかも知れないけどさ、けど今思い出してみても、不思議な夢だったよなぁ。

 

 あんたも良く知ってのとおり、この家には和室は一つしかないんだな。

 

そう、

 

今、俺たちがいる、この部屋なんだけどね。

 

 

 おいらは、引っ越してきてから当分の間は、この部屋で寝起きをしていたんだよね。

 

 この部屋は、ほらご覧のとおリ北側が壁でね、東側には掃き出しの窓、南側に腰窓、西側には、ほら床の間と和室の入り口があるんだな。

 

 おいらは特に理由なんか無いけどね、布団を部屋の真ん中ではなく、北側の壁にくっつけて、頭が東になるように寝てたんだよ。

 

ほら、そこの壁のとこだよ。

 

 だから頭元は、掃き出しの窓で、足元にはこの部屋の入口があるんだ。見ての通り、入口の向こうは廊下になって、その向こうは洗面所になっているんだ。

 

 何でそんな隅っこで寝るのかって?

 

別に理由なんかないよ、元々貧乏性だからさ、部屋の真ん中でドーンって寝るよりも、なんとなくさ、部屋の隅っこのほうが落ちつんだよね。

だからさ、ほら、こうして、ここに横になって寝てたんだよね。

 

つまり、おいらが寝ている右側は、見ての通り壁なんだよね。

 

 そうするとね、

 

さっきも話したけど、足元には和室の入り口になるんだな。

 

 

 確か夏だったと思うよ、だって、そこの窓は網戸にして、足元の入り口は開けっ放しで寝てたからね。

 

 

 

何時頃だったかなぁ、ふと夜中に目が覚めたんだよね。

 

 部屋の中は暗いんだけど、外の月明りでボーっと明るいんだよ。それから窓から外から夏の虫の鳴き声が聞こえていたよ。

 

部屋の中は暗いから、何も見えないんだけどね、

 

おいらは妙なことに気が付いたんだよ。

 

 

おいらの横にさ、

 

 

そうおいらの右側に誰かいるんだ。

 

黒い影のようなものが座っているんだよ。

 

 さっきから言っているように、

 

おいらは、ほらこうして壁にくっつくようにして寝ているんだよ。

 

だから、

 

ほらおいらの右側は壁なんだよね、

 

人が座れるような隙間は無いんだ。

 

でもさ、確かに右側に誰か居るんだよ。

 

黒い影がいるんだよね。

 

 おいらはさ、その影は子どもだと思ったんだよね。

 

理由なんか無いよ。

 

そう感じたんだから。

  

 そしたらさ、

 

黒い子どもの影が立ち上がって走りだしたんだよ。

 

ほらこうして寝ている、おいらの枕元を回って、足元の和室の入口から外の廊下に出て行ったんだよ。

 

タ、タ、タ、タって、

 

その黒い影は、足音を立ててどこかに消えてしまったんだよね。

 

 そん時、おいらはハッと我に戻ったんだよね。

 

変な夢を見たもんだと思ったよ。

 

でも不思議と怖くは無かったんだよね。

 

 

 

 それからまた何日かすぎて。

 

その晩は息子が一緒に寝るって言ったので、おいらの左に、ほらこの辺に寝かせたんだよ。もちろんおいらの右側は壁だ。

 

おいらは壁と息子に挟まれて寝ていたんだよ

 

 

 

 また何時ごろだったのかなぁ、

 

夜中に目が覚めたんだよ。

 

 そしたらさ、

 

また、おいらの右側に誰かいるんだよ。

 

部屋の中は暗いからさ、はっきりとは見えないんだけどさ、

またおいらと壁の間に誰かいるんだよ。

 

 今度は子どもじゃないんだ。

 

長い髪をした、女が座っているんだよ。

 

ほら、何度も言うけどおいらの右側は壁なんだよ。

 

でもさ、おいらと壁の間に女が座って、

 

おいらのことを、

 

じぃっと、上から見ているんだよ。

 

 ほら何度も言うけどさ、

 

おいらと壁の間には、隙間なんか無いんだよ。

 

でも、確かにいるんだよ。

 

ここに、座っていたんだよ。

 

 暗いからさ、

 

顔はよく見えないんだけど、確かにおいらのことを上から見ているんだよ。

 

今度はさ、おいらも怖くなってさ、誰かを呼ぼうと思うんだけど、

声が出ないんだよ。

 

声を出そうと必死になっていたら、

 

「わっ」

 

おいら、自分の声で目が覚めたんだよ。

 

きっとおいらは夢を見ていたんだよね。

 

 

 朝になってさ、朝飯を食いながらさ、かみさんにその話をしたんだよ。

 

 かみさんもさ、そりゃ夢だ、酒を呑み過ぎて寝たから、悪い夢を見たんだって、信じてくれないんだ。

 

 そんなわけで、おいらもやっぱり夢だったんだなって思っていたんだよね。

 

 そしたらさ、

 

一緒に朝飯を食っていた息子がさ、

 

言うんだよ。

 

 

 

「ぼくも見たよ。長い髪をした女の人が、お父さんのことを見ていたよ」って……