猩々の乱 そのいち
平成二十八年 五月連休の浮ついた気分も落ち着いてきた梅雨入り前の季節が、僕は一年中で一番いい季節だと思っている。
僕は昨年の冬に脳梗塞を患って入院をした。幸い後遺症は残らなかったが、毎月一回、定期的に米子市の総合病院で診てもらっている。
今日も仕事は一日休みをもらって午前中に病院で診察を受けて来た。血液検査、血圧、結果は特に問題なし。そりゃそうだろう、退院してから健康には気を付けて、毎日軽い運動を続けているし、食事には気を付けて塩分を取り過ぎないようにしている。大好きだったお酒も、やめたわけではないが、控えるようにしている。結果が悪いはずがない。
病院は午前中で終わったので、自宅に帰った僕は何もすることがなく、大好きな珈琲を飲みながら、窓の外の眩しい皐月の緑を楽しんでいた。
その時、傍らに置いていたスマホがメールの着信を知らせた。
何だ?僕はスマホを手に取ると、メールは大林さんからだった。
メールには次のような内容が書かれていた。
『先に行われた理事会にて、貴職を“全国大会の準備委員の任を解く、貴職の名前は全ての資料から削除する。また貴県は単独での大会に参加とする。大会に参加の費用は全て貴県の負担とする”ことを決定した』
僕はついに来たかと思った。それも僕が思い描いたシナリオ通りの結果になって。僕は思わず微笑んでしまった。
僕は仕事の傍ら『猩々協会』の鳥取県支部の支部長を努めている。
『猩々協会』とは、正確には『全国猩々音頭保存協会』というが長いので『猩々協会』と呼んでいる。猩々とは日本の古典に出てくる架空の妖怪のことであり、猩々音頭は古くから伝わる盆踊りのひとつである。猩々音頭の成り立ちは平安時代といわれているが、その知名度はとっても低い。あまり知られていない猩々音頭ではあるが、しかし今でも日本の各地でいろいろ形を変えながら踊り継がれているのである。そのような訳の分からないような盆踊りに全国組織があるのか?と疑われる方も多いと思うのであるが、あるのだから仕方が無い。
『猩々協会』は東京に協会の本部を置き、全国を八つのブロックに分けて、各ブロックには統括本部長を配置し、その下に各県の支部があるという組織になっており、多い時には千人近い会員が入会していた。しかし最近は会員も減少してきており、協会の存続の必要性を問われているのも事実である。
話をもどそう、僕はその『猩々協会』の鳥取県支部の支部長で、そして大林さんは中国地方本部の統括本部長であり、広島県支部の支部長を兼任している。
『猩々協会』では、二年に一回全国大会を開催して、猩々音頭の保存を訴えている。また全国大会は各ブロックの統括本部長の腕の見せ所となっており、全国大会を開催するブロックの統括本部長は、寝食を忘れて計画準備を行うのである。今年はその全国大会『全国猩々音頭鳥取大会』を僕が支部長を務める鳥取県で開催するよていで計画を進めていた。もちろん僕も大林さんもその全国大会の準備委員であり、大林さんは大会委員長で僕は実行委員長という肩書も付いていた。
付いていたと言うのは、ほんの数分前までのことで、僕はその準備委員を解任された。もちろん実行委員長も解任になったと思う。
しかし解任は僕の思い通りのシナリオだった。おそらく僕は近いうちに解任されると思っていたし、またそれを望んでいた。
僕はひょんなことから『猩々協会』鳥取県支部の会員になり、訳のわからないまま支部長に推薦されて、なんだかんだと支部長をかれこれ十年ちかく努めている。実際、そろそろ支部長を代わって欲しいと思っていたのであるが、鳥取県支部も会員もすくなく、また高齢になった会員ばかりで、とても支部長を代わってくれる者などおらず、僕は仕方なしにダラダラと支部長としての最低限の役をこなしている。そもそも僕が『猩々協会』の会員になったもの自分から進んでなったわけではなく、前支部長が友人であったため、ちょっと名前を貸してくれないかと言われて会員登録したわけである。そんなわけであったのではっきり言って猩々音頭に思い入れもなく、実際最近は飽々していたのである。
そんな状態であったので、何とかこの『猩々協会』からおさらば出来ないかと、毎日のように考えていた時に、全国大会の話が持ち上がった。
それは二年前の十月のある休日の日のことだった。僕は何もすることがなく自宅でのんびりとテレビを観ていた。その時僕のスマホの電話の呼び出し音がなった。
「はい、神村です」
「もしもし、あぁ神村さん、大林です。これからお伺いしてもよろしいかな?」
「はぁ、よろしいですけど、急にどうされたんですか?」
「いや、今日は島根県支部の磯野支部長のところに用があって来たんですが、用事も終わったし、まだ時間もあるので、せっかくだから神村さんのご尊顔でも拝もうかとおもいましてね」
何がご尊顔だ。大林の狸野郎、きっと何か企んでいるな?僕は直感でそう思ったが。
「はぁ、ご尊顔だなんて」
「実はもういま松江にいるんですよ。一時間もあれば行けると思うんですが、よろしいかな?」
「はぁ、わかりました。お待ちしております」
続く