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伯耆の國の御伽草子

お気楽気ままな高齢者のグダグダ噺

高齢者になりました。高齢初心者の、はじめまして

  五月連休の浮ついた気分が一段落して、梅雨入り前の頃が、私は一年中で一番素敵な季節だと思っています。

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  必要なことは午前中に終わらせて、何もすることが無い休日の昼下がりに、窓の外の眩しいばかりの皐月の緑を楽しみながら、お気に入りの珈琲カップを片手にしていると、

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「あぁ~、極楽、ごくらく、」と言った気分になる。

 

 

 今日も今日とて、いつものように何もすることが無い午後のひとときを楽しんでいると、何故か壁にかけたカレンダーが目に入った。

 あぁ、五月ももう終わりだ、すぐに六月になる。当然のことであるが六月の次は七月だ。七月というと私の誕生月だ。えぇ~っと、今度何歳になるんだっけ?おっと自分の年齢も分からなくなったかとあわてて考えてみたら、私は今度の誕生日で五十八歳になる。

 あぁ私ももうすぐ五十八歳になるんだ。結構な年齢になってしまった。いま五十八だから、えぇっと、そうすると二年後には六十歳になる。などと考えなくても、当たり前田のクラッカーだ。このようなすでに化石となったようなフレーズを思い出すとは、私も随分ジジイになったものだ。六十歳か……

ん、何!

 な、なんと私は六十歳になるのか!そう思ったとたん、急に高齢者という言葉が

「よっ」って言いながら、親しみを持った眼差しで近づいて来た。

「おい、待て、まて、私はまだお前たちの仲間には入らないぞ」と冷たく言い返してやったが、

「そんなに嫌うなよ。お前は去年からもう俺たちの仲間になったんだぜ」とさらに親しみの目をウルウルさせながら言い寄ってくる。

 

 実は私は昨年脳梗塞を発症して入院した経験がある。幸い後遺症は残らなかったが、あの入院生活で一気に歳を取ったような気がしている。入院生活はおよそ一ヶ月ではあったが、私はその一ヶ月で十歳ほど歳を取ってしまったように感じているのだ。と言うか、私は自分がもう若くないことを思い知らされたように感じているのであった。

 脳梗塞を発症するまでは、私はまだその辺をチャラチャラと歩いている若者と何も変わらいと思っていた。自分はまだ学校を卒業した頃と何も変わっていないと思っていたし、高齢者などという言葉は他人のためにある言葉だと思っていた。

 

 高校生の頃なんか、五十歳以上(五十歳以上は、六十歳も七十歳もみな同じ)の人は、もう人生を終えて、棺桶に片足を突っ込んだ老人と呼ばれる人たちであり、老人と呼ばれると毎日を『あの世』からのお迎えが来るのを楽しみに待っている人たちだと思っていた。

 ところがだ、なんとその老人に私はなってしまったのかも知れない。自分では若い、若いと思っていたが、気がついてみれば私は棺桶に片足を突っ込んで、お迎えを待つ老人になっていた。いや片足ではない、脳梗塞を発症した私は、棺桶に両足を突っ込んでしまったのかも知れない。

 な、なんということだ、私はいつの間にか老人になっていた。私はいつの間にかジジイになっていたのだ。気が付かなかった。いやまだ老人、いやジジイでは無いかもしれないが、もう若くないことは確かだ。これは大変なことになった。

 一旦、自分がもう若くないことに気がついたら、今度は急に老後のことが気になりだした。

 

 何度もいうが、私は今年五十八歳になる。と言うことはだ、二年後は六十歳、六十歳といえば定年だ。私は再雇用してもらってまで、今の会社で働く気は、これっぽっちもないので、定年になったらさっさと退職しようと考えている。

と言うことはだ、二年後は無職になるのだ。無職ということは、収入が無くなるということなのだ。年金がもらえるのは六十五歳からと聞いているので、定年後およそ五年間は無収入で生活をしないといけないのだ。毎日ご飯を食べることができるだろうか?急に不安になって来たぞ。

それにも増してまだ大きな問題がある。仕事が無くなるということは、何もすることが無いということなのだ。今は毎日会社に行って仕事をしているから、たまの休日がうれしい。何もすることが無い休日が、まことが嬉しいのであるが、毎日が休日になったらどうしたらいいのだ。

  それにだ、何もすることが無くなると、もうひとつ不安なことがある。それはボケの問題だ。歳を取ることは仕方がないとしても、ボケ老人になってしまうのは問題だ。だいたいボケると人に迷惑をかける。

 私の知り合い痴呆の両親の介護をしている者がいるが、ご両親は昼夜逆転した生活で、寝る時間も無いと話しており、知人の介護の話を聞いただけで大変だと思っている。

ジジイになることは避けることは出来ないが、ボケ老人になることは何としても避けたい。特に身体の丈夫な健康なボケ老人にはなりたくない。

そう考えるとボケ対策に何かをしてないと行けない。そもそもなんでボケるのかは医者でも無い私にはよくわからない。これは私の勝手な考えであるが、何もすることが無くなって、ボーッと窓の外ばかり見ているから、ボケるのだと思っている。ちょうど今の私のように。

 

何?

 

 何を言うか、私の場合はまだたまの休日にボーッと窓の外を見ているのであるから、問題は無いと思うのであるが、これが毎日となったら大変だ。ただでさえ出来の悪い私の頭だ、頭を使わなくなったら確実にボケてしまうに違いない。それだけは何としても避けたい。

 ならばどうしたらいいのか?

 実は私は入院している時からそのことについて考えているのだ。

 

 前置きが大変長くなってしまいましたが、というわけで私はブログを始めることにしました。

 

 私は元々物を書くことが嫌いではない。いやどちらかと言うと好きな方なので、以前から何か書きたいと思っていたのだ。

 

 実はもう十年近く前のことだと思いますが、ブログを書いていた事があった。その時は、アメーバで書いていたのだが、いつの間にかやめてしまいまった。

 

 今回、また何か書きたいと思ってツイッターを初めて見たのですが、なんせ百四十文字では物足りないし、そもそも私はつぶやきたいのではなく、話したいのだ。フェイスブックというものもあるようだが、私はフェイスブックの何が面白いのか全くわからない。

 

 ということで結局ブログが一番かと思ったわけである。見識の少ない私は、ブログはアメーバと思い込んでいたのである。しかし以前登録していたブログを削除して、また新たに始めようかと思っていたのであるが、なんだか削除が面倒くさい。ならば何か無いかとインターネットであれこれ検索していたら『はてなブログ』にぶつかったわけなのであります。これは良い物があったと早速登録させて頂いたわけなのでございます。

 

 これから時折の更新になるかとは思うのですが、高齢初心者のグダグダ噺を書き綴っていきたいと思うので、みなさまよろしくお付き合い下さいませ。

 まずはご挨拶まで……